「植栽管理」と聞くと肉体労働、長時間労働、大変そう。といった言葉が浮かぶ人もいるでしょう。しかし、地元密着30年以上の企業である多摩グリーンサービスは、どうやら一味違うようです。20代から60代まで在籍する職人と社員たちそれぞれが、働きやすく暮らしやすい、そしてやりがいのあるキャリアを作り上げるため、代表取締役の吉田 恵吏子さんは、この数年にわたり奮闘してきました。
企業情報:株式会社 多摩グリーンサービス
事業概要:緑地管理・造園工事・樹木保護事業
住 所:小平市(営業所)武蔵村山市(本社)
代表取締役:吉田 恵吏子
日の入りと沈みと共に仕事する、人間らしい営み。それが造園業
一軒家にある庭や、マンションやショッピングセンターの一角を彩る植木や花々。手入れが行き届いていると美しく心地よい空間が広がります。これらを丹念に手入れし、整えることは容易なことではありません。
これまで「地元密着」を第一に、まちのあらゆる植栽管理を担ってきたのは、武蔵村山市に本拠地を構える、株式会社多摩グリーンサービス。1987年に先代である巻 博徳(マキ ヒロノリ)さんが創業し、約40年に渡り地域の緑を守ってきました。お客様との関係を着実に築き、向かう先は地元から、関東圏内にまで広がりました。現在はマンション緑地管理事業を中心に、年間約1,600件の樹木の剪定作業や草刈り、造園工事の他、樹木医による樹木保護事業を行うほどに。毎日あらゆるところに足を伸ばしており、緑を慈しむ作業が途絶えません。
伐採作業を担う者の朝は日の出と共に始まります。毎日早朝6時ごろには、小平にある事務所に集合。現場に向かうメンバーはチーム制。必ず誰かと一緒に現場に向かい、作業を行うので、一人ではない安心感があります。全員で、剪定用の備品をトラックの荷台に乗せたら、その日の依頼先に庭師たちが向かいます。
「作業開始時間が8時半。だから高速道路や一般道が混雑することを想定して、早く出発するんです」と、現在の代表取締役である、吉田 恵吏子(えりこ)さんは話します。
1日の稼働時間は9時間ほど。朝9時から作業し、休憩を2時間挟み、午後4時頃に備品をまとめて撤収します。造園は日の入りが進むと作業が難しくなります。日々、日照時間と戦いながら作業を進めていく。体力と気力、時間とヒリヒリした戦いが繰り広げられます。
「確かに体力的には大変に見えるかもしれません。しかし造園業って、なんて人間的な仕事なんだろうって。そう思いませんか?日の入りと日の沈みと共に、私たちの営みは始まり終わる。太陽を浴びて体を動かし、汗をかいて、食事をいただく。この気持ちよさが仕事の楽しみの一つでもあると思うんです」
小さな頃から見聞きした造園業 当たり前の環境に、身を投じる
恵吏子さんは先代・巻 博徳(マキ ヒロノリ)さんの娘さん。幼い頃は親と共に向かう庭作業場で、その風景を目にすることもあったと言います。毎日家のそばで職人さんが出入りをしては作業をしている光景が、恵吏子さんにとっては当たり前。大人になって、造園の仕事に興味を示すまでに時間はかかりませんでした。
「小さな頃からこの環境で育ってきたので、特に違和感はないですね。私も造園の仕事をしてみたいと思うことは自然なこと。幼い頃から緑がたっぷりある環境でのびのび遊んで体を動かすことが好きでしたし、落ち着くなと思っていました」
その後、東京農業大学 地域環境科学部 造園科学科に入学し、造園について学びます。同級生は造園業の継ぎ手がとても多かったことから、仲間からも刺激を受ける環境だった、と恵吏子さんは振り返ります。クラスには3割ほどは女学生もいたことから、男女分け隔てもなく切磋琢磨をします。
造園の世界と聞くと、一見男性が多く、”力仕事”、”泥臭い”とも思えるかもしれないですが、恵吏子さんには気になることではなかったようです。 いつか家業を継ぐにしても、まずは自身が修行を。その思いから、卒業後は京都の造園会社へ就職をします。ここで造園業にまつわるイロハを学んだと、遠くを眺めながらしみじみと語る恵吏子さん。
「比較的大きな造園会社だったので、女性の職人がいました。ですので、私も特に男女の差異に違和感もなくここでたくさんの経験をさせてもらいましたね。それに体系立てて学べる体制がありました。職人や伝統業にはよくある課題として、知識や経験が属人的になりがちで、上手に循環していかない点があります。しかし勤めていた造園会社は、比較的大きな会社で、一人に頼らない仕組みがしっかり構築されていたんです」
ここでの経験はのちに恵吏子さんが家業を継ぐ際に、役立っていくことになる。その時まだ実感する由もなかったようだ。
背中を通じて技術を伝えるのではなく、確かな仕組みで受け継いでいく
今でこそ中小企業でも必ず1社にひとりは、女性の職人がいる体制になったものの、当時はそう多い環境ではなかったよう。中小企業ともなると恵吏子さんが知る限り、女性職人が在籍している会社はないに等しいのではと話します。
家業を継ぐことになった恵吏子さんも、自社での勤務と子育ての両立という課題が目前に壁として現れました。
「特に女性は、結婚や出産によって、一度現場から離れてしまうと、そのまま諦めて退職してしまうようなことが多いのです。でもそれは、業界にとって望ましいことなのでしょうか。私は初めから、結婚をしても子供が産まれても、職人を辞めるつもりはない。それに、他の人たちが何とか続ける方法を、自分も探りたいと思っていました」
恵吏子さんは家業に入ったのちに産休を取得、産休が明けて乳児の育児中は、職人から事務職に一時的に職種変更をし、離職という選択肢と決別するべく、太刀打ちをしてきました。
しかし時代が変遷し、女性に限らず男性も働きやすさに注目が集まるようになってきます。
「我が社に入社する若手の男性は、自分たちも育児に参画をしたいと口にし、また年長者は一方で介護の問題とも直面する人も出てきます。こうした仕事と家庭をどちらもあきらめることなくこなすには、誰かに頼りすぎずに、互いに手を取り合える体制作り、そのために社員全員の理解が必要だと実感していくのです」
これまでは、月間100件以上の剪定先、そのスケジュールや進行管理は、なんと全て職人の頭の中で行われていたそう。しかし、それでは不測の事態が起きた時にだれも理解ができません。そして、ベテランの職人が一人で知識やスケジュールを握りしめていると、育つべき若手に仕事が継承されていかないことにも焦りを感じていました。
そこで、恵吏子さんは仕組みを再構築するためにITツールの導入を開始します。
連絡ツールとしてチャットを導入、進行管理や受発注書の共有をするためにクラウドサービスの導入をします。無駄な作業が出ないよう、事務系統はリモートワーク、オンライン会議、オンライン議事録などタイムカットできることは尽くしました。
技術職である職人たちは、当初こうした仕組みの改革に対して戸惑いの色を見せます。 「造園業はこうしたツールに使い慣れない人ばかりなので、なかなか上手く使いこなせなかったし、理解をしてもらうにも時間がかかりました。しかし、社員一人ひとりに根気よく目的や目指すべき姿について伝え、納得してもらってから、前に向かって歩んでいます」
造園業にまつわる、あらゆるキャリアパスを形成する場所
「もちろん、現場の作業次第では時間外勤務になることもあります。しかしそこは給与でしっかりと保証できるように。なあなあにしない仕組みを作り直しました」
これから社としてさらに強化したいことについて、恵吏子さんはOJT体制の構築を挙げます。
「これまで後輩や新人たちは、職人に付いて目で見て体で学び、ということがほとんど。きっちり教えるという形がなかったのです。今後会社がより発展をしていくためにも、作業の管理・安全管理の意識統一が必要です。そのためにも、均一な知識や技術が渡る体制を作り上げていきたいと思います」
また、社会貢献事業にも力を入れていくそうです。2021年から、オフィスの近隣に住む親子を対象にして、剪定枝を使ったワークショップに取り組み始めました。これまで複数回実施しましたが、毎回多くの家族が集まりました。参加者からは緑に触れる時間が「心地よい」「楽しい」という声に溢れています。恵吏子さんも「環境について考えるきっかけになってくれたら」と、力説をしていました。
小さな企業でありながら、個々人の働きやすさや、生きやすさを大切にするべく、積極的に革新していく多摩グリーンサービス。
とはいえ個々人が、自分らしく、思い通りに仕事を進められるのではなく、チームでやらない仕事のため、時には相手を尊重しお互いにすり合わせ、協力していくということが求められます。 だからこそ、誰かと一緒にやるってことはやりがいにもつながるのでは、と恵吏子さんは力を込めます。
若手の長谷さんは、「苦しいと思うことはいつも」と苦笑いします。しかし、苦しいことがあってもそこには理由と原因が必ずあるとも言います。
「ある時、バリカンで伐採する作業を1人でやってみなさい、とまるごと任せてもらったんです。なんとかやり終わってホッとした時に、上司から『できたな』って言われました。ホッとしましたよね。チームで作業する時には相手に合わせる難しさもあるものの、横にはサポートをしてくれる人がいる。それってありがたいことですよね」
長谷さんよりも、さらに年長者ともなれば、今度は現場の責任者になり、ますます仕事に胆力が求められます。
同社としては最終的に、職人が独立して一人で生計を立てられるようになって欲しいというのが願いとしてあるそうです。
「みんなが独り立ちをして、独り立ちした彼らに、当社が持つ現場を徐々に受け渡して行けるようになるのが理想です。 そうして、互いに独立した集団が支え合えるネットワークを作り上げられたらいいですよね。このような形で、様々なキャリアパスを示すことができるようになりたいです。
マンションの植栽管理業務ではありますが、今後造園にまつわるあらゆるキャリアパスを探したい、と思っている人にはぜひうちで挑戦して欲しいですね」